<7月14日>
朝、廣瀬選手が空港まで原選手を迎えて行ってくれました。原選手が到着し、男性陣の家も今日は4名になります。
原選手もベテラン選手で、仕事をしながらフリーダイビングでも高いレベルの成績を維持しています。見習うべきところがたくさんある選手です。
公式練習が終わるのは13時頃なので、それくらいの時間を目途に、原選手と車で競技会場であるブルーホールへ向かいます。
ブルーホールへは滞在していた家から車で20分くらいです。
車の窓から見える風景を9年前の記憶と重ねて思い出しながら走ります。途中、お水の買うのに寄った商店の隣のお店が9年前に何度も訪れたお店でした。この日はお休みでした。
ブルーホール周辺は以前と変わった様子はありません。と言うか普段生活している京都の町の日々の変化と比べればロングアイランド全体が9年前とほとんど変わってはいません。
Dean's Blue Hole
http://www.deansbluehole.org/
Red Bull
https://www.redbull.com/jp-ja/an-underwater-sand-fall-at-dean-s-blue-hole-in-bahamas
「ブルーホール」と呼ばれる場所は世界にいくつかあり、ベリーズのグレートブルーホールもダイビングスポットとして有名です。
海中にある縦型の洞窟ような地形で、かつて陸上にあった鍾乳洞が海に沈んで天井部分が崩落して出来たなどと言われています。
ロングアイランドのブルーホールはDean's Blue Holeと呼ばれ、最近まで世界で一番深いブルーホールとされていました。
その深さは200m以上あります。
水面に近い入口の直径はわずか25m程しかありません。ブルーホールの後ろにある崖を少し登って上からみれば全貌が見渡せます。


ビーチからも十数メートルしか離れておらず、足の立つ浅瀬から、いきなり水深200mの穴の上に行くことが出来ます。泳げない人や海が苦手な人にとっては恐怖の塊のような場所かもしれませんが、逆に素潜りやシュノーケリングが好きな人にとっては素晴らしいスポットです。そしてもちろんフリーダイビングを行う場所としてはこれ以上ない環境となります。
フリーダイビングではシュノーケリングはもちろんスキューバダイビングですら通常はとても潜らない深さが必要になります。
その様な場所は普通はある程度海の沖にあるため、ビーチや港から船で移動しなければなりません。
移動に船を使わなければならないのは何かと面倒ですし、運営する側も余計なスタッフや費用が必要です。
その点、ロングアイランドのブルーホールは選手が自分で競技スペース(上写真中央の白い筏と枠。プラットホームと呼んでます)まで泳いで行けます。万一の事故の際も陸まで近い方が安心ですので、選手としても安心感があります。
さて、ブルーホールに到着すると、公式練習を終えた選手やスタッフの姿がまばらに見えます。本当にここへ来て、競技に参加するんだなと実感すると少し緊張します。9年前に訪れた11月と違い、7月はシーズン的に観光客も多く、家族づれでビーチに来ている方もたくさん見かけました。
9年ぶりに見るブルーホールは相変わらず美しく、琉球ガラスのような艶と深い青色でちょっと現実味がない程です。
「青」よりは「藍」に近いかもしれません。浅瀬は白い砂が透けて明るいエメラルドグリーンです。
なんせ綺麗です。
早速ウェットスーツに着替え、準備が出来ると海へ入ります。
とても水温が高く温かいです。日本で最後に練習したのは6月で、水温も22〜23度くらいでしたが、ここは28〜29度あります。
この差はかなり大きいです。
2009年、この頃がフリーダイビングの数字だけ見た成績で考えれば自分としてはピークでした。 STAと言う息こらえ時間では6分半は必ず止められました。CWTとFIは練習環境の関係で-50m止まりでしたが、チャンスさえあればいつでも記録を伸ばせると思っていました。当時世界選手権の代表になるにはCNFと言う種目で記録を狙うしかなかったので、経験は浅かったのですが、2009年のシーズンはじめからCNF一本に絞って練習し、7月の沖縄大会で-41mを潜ってその年の国内ランキングで1位になり、代表権を得ることが出来ました。プール種目のDYNは当時からすごく苦手でしたが125m前後は泳げる状態だったので、今回の出場を決めた2017年の冬の時点よりははるかに良かったです。
2009年にバハマ大会に出た後、2010年の5月のプールの大会を最後に、2013年まで競技に参加しなくなります。
2013年の夏に突如海の大会に参加し、CNFで代表復帰。世界選手権ギリシャ大会に参加した後、またフリーダイビングから離れます。この間に謎の咳が出るようになり、いくつも病院を回りましたが原因等詳細が分からず、結局「気管支炎だろう」と言う程度の診断に落ち着くきましたが、ひどく咳が出る時期にはとても泳げない状態になっていました。病院で検査する肺機能の数値も下がる一方で、これは仮に復帰するつもりがあっても、記録を追求する時期はもう終わってしまったと思わされました。
季節の変わり目に特にひどい咳が出て、夜は眠れない程で薬や点滴でなんとか抑えると言う日々を送っていましたが、ある時両親がお世話になっている漢方の病院の先生に「潜るの止めたから咳が出るようになったんやで」と言われ、ハッとして確かにそれはあるかもしれないと思いました。
もともと普段から運動しているわけではなかったのですが、フリーダイビングに関わっていることで、サークルの練習会や講習会に参加したり、競技会に顔を出したりすることで、多少は体を動かしていたのに、それを止めてしまったら身体も弱ってしまうと言うものです。
そこで、健康維持のためにもプールで泳ぐくらいは始めて行こうと思い、それを実行していくうちに咳の方は2016年の終わりくらいにはかなり改善されていました。これなら海の練習にも参加できるかも?とリハビリを開始したのが2017年のシーズンでした。
そして初日の練習。競技用のプラットフォームとは別に練習用の小さなプラットフォームがもう一つ浮かべてあります。
原さんと2人でこの小さなプラットフォームで練習することにしました。ウォームアップの仕方は選手によって違いますが僕の場合は水深10mでしばらく待機すると言うことを2回行います。1回目は1分程度、2回目は1分30秒程度。アップはこれだけです。
水圧は慣れないと息苦しさに似た不快感があります。水深10mにしばらく滞在することで、この不快感に身体を慣らします。
それだけで2本目は1本目とは違ってほとんど不快感は無くなります。また水温が高いほどこの不快感は軽減されるように感じます。ですから、日本で最後に潜った感覚と比較すると、バハマでは最初のアップですら格段に気持ちよく潜れました。
写真:水深10mでのウォーミングアップ
原さんの方はもう少し高度なテクニックを用いたアップをします。アップを終えるとターゲットダイブと呼ばれる「その日の最大水深または自己のベストの水深」にチャレンジするダイブを行います。
僕はこの初日では本来日本での練習で最低限クリアしておきたかった40mに潜ってみることにしました。数字的には自分にとって何の抵抗もない程度の水深です。ただ、潜るのは1年ぶりです。
ブルーホールに入ってすぐに感じていた通り、不快感も緊張もなく、とても気持ちよく潜ることが出来ました。幸先のよいスタートです。
フリーダイビングの練習は大深度に何度も潜れる訳ではなく、1本のダイブの為に前後に長い準備があると言う感じで、海での練習は大抵短い時間で終わります。
原さんと僕も1本のターゲットダイブが終わると海からあがり、さっさと車に乗って家に戻ります。
バハマ滞在中は毎日、お昼前後に海に潜り、家に帰り夕方までゆっくりし、夜はみんなで集まってご飯。この繰り返しです。
なんとも優雅でゆったりとした時間が流れています。
しかし7月14日、この日は夕方からレジストレーションと開会式があります。
たしか夕方の17時くらいからだったと思いますが、滞在先の家からだとブルーホールを越えてさらに少し行ったところにあるクラレンスタウンのレストランで行われました。
レジストレーションでは同意書、健康診断書などの書類の提出、パスポートの確認、追加費用の支払い、個人の安全装置の確認、大会のTシャツ、バッグ、水筒などのグッズの受取りが行われます。
Tシャツ、バッグ、水筒は大会の公式グッズとして販売が行われています。選手にはそれぞれ1つずつ無償で配布されるのですが、僕はそれを知らず、スタッフも初参加の僕を選手と思われず、最初は知らずにお金を払ってしまいました。あとで返金してもらいましたが。
かなりダラダラと集まる選手たち。そしてなんとなく始まる開会式。
今年、このVertical Blueは10回目を迎える記念すべき年でした。第1回大会の開催に協力したLeo村岡さんが主催者のウィリアムから紹介されていました。Leoさんはフリーダイビング界ではレジェンド的存在ですが、実は日本でフリーダイビング協会が立ち上がった1998年から僕も一緒にいます。Leoさんはその後ハワイに移住し、アメリカの国籍を取得したので、フリーダイビングの世界選手権でもアメリカ代表として参加されてきました。Leoさんとは1998年を含めても数えるほどしかお会いしていませんでしたので、今回もかなり久しぶりでした。
開会式ではスタッフの紹介やルールその他の注意事項が英語で長々と説明されましたが、ほとんど分かりませんでした。
よほど変わったことが無い限りまあ大丈夫でしょう。
開会式が済むと、日本人チームはさっさと家に帰って夕食の準備です!
食用のバナナ。サツマイモみたいに丸々しています。焼いて食べます。とてもおいしいです。
この日も夕食はたっぷりの野菜。スープに、さらにアクアパッツァなど。
実は前日、ちょっとしたきっかけで咳が出るようになりました。感覚的に以前患っていた咳と同じです。夏場に出ることはこれまでなかったのですが、はじまるときはいつもほんの少しのきっかけです。飲んだ水が少し気管の方にはいってむせたとかそんな理由です。しかし、一旦はじまってしまうと、薬が無いとどうにも止めることは出来ません。正直「終わった」と思いました。
初日からすべての競技をキャンセルすることになるかもしれないとも考えました。
僕が咳をしているのを心配してくれたKさんが「これを飲んだらなんでも治る」と言う謎の水を持ち出してきて、ミネラルウォーターに数滴たらして飲ませてくれました。
不思議ですがそれから一晩寝ると咳は収まりました。
<7月15日>
さて、そんなKさんは競技が始まる前に早くも帰ってしまいます。朝、空港に向かう車を見送ります。急遽バハマまで来られたKさんでしたが、Kさんが来てくれなければ僕のその後の競技が上手くいったかどうか分かりません。
短い期間でしたがお会いできてよかったです。ありがとうございました。
前日に開会式が行われたのですが、この日はさらに1日公式練習の日があり、競技はまだ始まりません。
先に書いたように、公式練習は予約制で、すでに15日も埋まってしまっていたので、僕と原さんは公式練習には参加出来ないはずでした。しかし、先に予約を入れていた日本の女子選手達がこの日の練習をやめてレストにあてるから、自分たちが予約していた時間に代わりに入ればいいと枠を譲ってくれました。
そこで、僕と原さんは昼くらいにブルーホールへ向かい、公式練習に参加することにしました。
しかし、なぜかセーフティのメンバーはすでに公式練習を終了して自分たちセーフティの練習に入ろうとしていました。なんでや。
いや、待って欲しい、僕らも潜らせて欲しいとお願いし(原さんがね)、なんとか潜らせてもらえることに。昨日40mを気持ちよく潜れたので、今日は45mに。これまた簡単に潜ることが出来ました。本番前にあと数回練習する機会があればなぁ。と後になって思ったりもしますが、今回は「すべてが練習。バハマまで来て練習すると言う贅沢。」そんな気持ちで、この後のすべての本番の競技も潜ったことが功を奏しました。